仙台高等裁判所秋田支部 昭和26年(ナ)6号 判決
原告 杉本初蔵
被告 秋田県選挙管理委員会
一、主 文
昭和二十六年四月二十三日施行の秋田県仙北郡飯詰村議会議員の一般選挙に関し原告のなした訴願に対し同年九月三日附で被告のした裁決はこれを取消す。
右選挙に於ける久米長左工門、佐藤東三郎、高橋久五郎の当選を無効とする。
訴訟費用は三分しその一を原告、その余を被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨及び訴訟費用は被告の負担とすとの判決を求め、其の請求原因として、(一)原告は昭和二十六年四月二十三日施行の秋田県仙北郡飯詰村議会議員の一般選挙の選挙人で、且つ立候補者であるが、右選挙に於ける候補者の得票数は別表の通りで議員定数は十六名のところ第十六位の得票者は同点者四名となり抽せんの結果、高橋久五郎を当選者と決定したのであるから、有効投票と算定されたものの中一票でも無効のものがあれば選挙の結果を左右することになる。然るところ(二)(1)千葉タケノは不在者投票をしたが、同人は候補者佐藤栄治の勧めにより同年同月二十日不在者投票の手続をする決意をなし、佐藤に印鑑を預けたところ佐藤が故意に本人不知の間にその不在者投票の手続を完了してしまつた。(2)佐藤仁一郎は昭和八年一月一日出生の未成年者で選挙権のないものであるが、当時他村に出て奉公中の実兄佐藤辰之助名儀の入場券を以て投票所に入り投票した。(3)川本はつよは選挙当日投票所で代理投票の申請をしたのに、投票管理者黒沢金十郎は投票立会人の意見を求めず大阪徳之助一人のみをその投票補助者に指定し、川本が大阪に「エゲ(藤沢永吉候補の通称)に入れて呉れ」と言うたところこれを拒絶し、別人の氏名を記載しようとしたので川本は憤慨して投票記載場所を離れ退場した。同人の代理投票は同人が投票記載場所を離れた後同人不知の間に投票補助者大阪により故意に代理投票手続を完了してなされたものである。(4)投票者高橋耕造、同人妻久子の両名は飯詰村の有権者として選挙人名簿にも登録され、右選挙につき投票入場券を交付され、選挙当日投票したのであるが、両名は隣村金沢西根村の居住者であるから飯詰村議会議員選挙の有権者ではない。以上の如く右五名の投票はいずれも無効であり、当選者各自の得票数から右潜在的無効投票の五票を控除すると、第十四位以下の当選者久米長左工門、佐藤東三郎、高橋久五郎の各得票数は最高位落選者の得票数よりも少くなるので右三名の当選は無効である。(三)原告は同年五月七日同村選挙管理員委会に対し異議を申立てたが、同年六月二日附で却下され、更に被告に対し六月十五日訴願に及んだが、被告は同年九月三日附訴願棄却をなしその裁決書は同月五日送達されたので、これが取消及び右三名の当選無効の確認を求める為本訴に及んだと述べた。(立証省略)
被告指定代理人は、原告の請求を棄却す、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として請求原因事実の(一)及び(三)竝びに(二)のうち、(1)千葉タケノが不在者投票したこと、(2)佐藤仁一郎の出生年月日、(3)川本はつよが代理投票をしたことは認める。が(1)千葉タケノの不在者投票については公職選挙法施行令第五十条第四項所定の申請書を同居の親族千葉正則が同令第五十二条第一項第三号所定の証明書と共に請求し、飯詰村選挙管理委員会は同令第五十三条第一項第二号により投票用紙及び投票用封筒を同人に交付し、千葉タケノはこれを正則から受取つて現在する場所で候補者一名の氏名を自書した上、右封筒に入れ正則によつて提出したものであるから、同人の不在者投票は適法になされたものである。(3)川本はつよの代理投票は投票管理者黒沢金十郎が投票立会人の意見をきゝ大阪徳之助、高橋作之進の二名を投票補助者に定め、その一人大阪が投票の記載場所に於て本人が指示した候補者一人の氏名を投票用紙に記載し、他の一人高橋はこれに立会つていたもので右投票は適法になされたものである。(二)(2)、(4)の事実は訴願に於て主張しない事実であるから前審を経ない新たな事由で不適法であり却下さるべきものである。なお右(2)の事実は不知、(4)の高橋耕造及びその妻久子が金沢西根村に移つたのは理髪営業そのものの為で、生活関係の場所的中心を移したものでなく、住所意思を標準としても同人等の住所は飯詰村に在つたものであると述べた。(立証省略)
三、理 由
原告が昭和二十六年四月二十三日施行の秋田県仙北郡飯詰村々議会議員の一般選挙の選挙人で且つ立候補者であつたこと、同選挙に於ける候補者の得票数は別表の通りで議員定数十六名であるが、第十六位の得票者は同点者四名となり抽せんの結果高、橋久五郎を当選者と決定したこと、原告は当選の効力を争い、同年五月七日同村選挙管理委員会に対し異議の申立をなしたが、同年六月二日附で却下され、更に被告に対し六月十五日訴願したところ、被告は同年九月三日附で訴願棄却の裁決をなし裁決書が同月五日原告に送達されたことは当事者間に争がない。よつて先づ当選訴訟に於ては訴願に於て主張しない新たな事実の主張は不適法であるとの抗弁について按ずるに、成立に争がない乙第四号証、成立及び原本の存在に争がない甲第十六乃至第十八号証によると原告の主張する請求原因中佐藤仁一郎のなした投票及び高橋耕造、その妻久子の投票は無効であるとの事実は異議及び訴願に於て主張しなかつたことは明かであるけれども、異議・訴願は行政庁に対し自己及び下級行政庁の処分是正の機会を与えるに過ぎないものであるに反し、訴訟は当事者の主張立証によつて選挙の公正を維持する最後の手段として認められたものであるから、この当選訴訟制度の精神に鑑み異議・訴願で主張しなかつた事実も訴訟に於てはこれを主張し得ると解するのが相当である。被告の抗弁は理由がない。
そこで争点である投票無効の事実の有無について以下順次判断する。
(1) 千葉タケノの不在者投票。選挙人千葉タケノが不在投票をしたことは当事者に争なく、証人千葉タケノ、同千葉正則の各供述を成立に争ない乙第一号証によると、選挙人千葉タケノは数年前から脳溢血後遺症で歩行不能のところ、右選挙の候補者佐藤栄治の勧めにより不在者投票をしようと決意し、所要の診断書、申請書用紙は佐藤栄治に依頼して入手したが、投票用紙、投票用封筒は同居の親族千葉正則によつて正規の文書を以つて請求し、その交付を受けたことは一応認められる。然るところ証人千葉タケノ、同千葉正則はタケノが投票用紙に候補者名を自書して投票したと供述し、尚証人千葉タケノは万年筆で自書したと供述しているが、検証の結果及び成立に争ない甲第十四号証の一乃至六、甲第十五号証、鑑定人石田勝郎の鑑定の結果によると本件選挙の投票中ペン書の票数は六票であつて、右六票のうちには千葉タケノの自書した投票が存在しないことが認められるから、少くとも同人の投票は本人以外の者が記載したと認めるのが相当で、右認定に反する証人千葉タケノ、同千葉正則の右供述は信用出来ない。他に右認定を覆すに足る証拠はないから同人の投票は佐藤栄治によつてなされたか否かは判明しないが、少くとも本人千葉タケノの自書ではなく、本人以外の者が投票用紙に候補者名を記載してなされたもので無効である。
(2) 佐藤仁一郎が投票したとの点。佐藤仁一郎は昭和八年一月一日生れで本件選挙当時は未成年者であつたことは当事者間に争がないから同人は選挙権がなかつたものである。そして証人佐藤仁一郎の供述、成立に争がない甲第一、二号証によると選挙人佐藤辰之助は本件選挙当時雄勝郡弁天村農業新山作蔵方に奉公中で選挙当日も帰宅せず投票しなかつたのであるが、その実弟佐藤仁一郎は叔父佐藤正之助の勧誘により兄辰之助の入場券を持参して投票所に赴き、係員に対し辰之助であると詐り入場し投票したことが認められ、これを覆す反証はないからこの一票も無効である。
(3) 川本はつよの代理投票。選挙人川本はつよが代理投票をしたことは当事者に争なく証人川本はつよ、同川本ミツは原告の主張に副う供述をしているが、該供述部分は証人黒沢金十郎(第一回)大阪周蔵、大阪徳之助の各供述に徴し信用出来ない。却つて右黒沢金十郎、大阪周蔵、大阪徳之助の供述によると川本はつよの代理投票は被告の争う通り適法に行われたことが明かで、証人千葉タケノ、同千葉ミツの供述以外に右認定を覆し原告の主張事実を認むべき証拠はないから同人の投票は有効である。
(4) 高橋耕造、同人妻久子の投票。証人高橋耕造、同佐藤竹治の各供述によると高橋耕造は昭和二十四年結婚したが、長男ではないので同年十二月飯詰村の実家から約一キロの距離に在る金沢西根村上四ツ谷に借家し同所に妻久子及び一子と共に一戸を構えて居住し妻は理髪業を営み、耕造は一ケ月中二十日位実家の農業を手伝い、その余は他家に雇われ日雇をしている者であるが、家財道具も殆んど金沢西根村上四ツ谷の住居に運んで居り、毎日の寢泊も朝食も同所に於て妻子と共にし、只仕事の都合上仕事着を実家に置き、昼夕の食事は実家でしていたに過ぎないことが認められるから、同人夫妻の住所は昭和二十四年十二月以降は金沢西根村であると言わざるを得ない。尤も証人高橋耕造は生活の根拠は飯詰村に在ると思つていると供述し、自分の配給台帳は実家に置いて実家では自分の保有米をとつていると述べているが、配給台帳を実家に置いてあるのは実家が農業を営んで居り、保有米として同人の食糧を確保出来る等の関係からであることが窺われるし、住所は単に住所意思によつて決定すべきものではない。而して住所は一個であるから高橋耕造及び妻久子は金沢西根村に移転した後は飯詰村に住所がないものであり、従つて其の後に行われた飲詰村の本件選挙には選挙権がない訳である。然るに証人高橋耕造の供述によると、右両名は飯詰村の選挙人名簿にも登録せられていた為、本件選挙に際し両名は選挙権者として投票するに至つたのであるが、選挙権のないものはたとえ選挙人名簿に登録せられていでも、その投票は無効であるから同人等の投票二票も亦無効である。
以上の通りで本件選挙に於ける投票中には合計四票のどの候補者に帰属するか帰属不明の無効投票が混入しているのであるが、当選者の得票数からこの潜在的無効投票数の四票を控除すると、当選と決定した久米長左工門、佐藤東三郎、高橋久五郎の得票数はそれぞれ五四票、五三票、五一票となりいずれも最高位落選者の得票五五票より少くなるので、右無効投票の存在は同人等の当選の結果に影響を及ぼし、その当選は無効と言うべく、従つて原告の訴願を棄却した被告の裁決は失当で右三名の当選は無効とすべきものである。
よつて原告の本訴請求は正当として認容し、民事訴訟法第八十九条第九十条により主文の通り判決する。
(裁判官 豊川博雅 西田賢次郎 浜辺信義)
(別表省略)